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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)10901号 判決 1987年11月10日

原告

土志田昌彦

ほか一名

被告

主文

一  被告は、原告土志田昌彦に対し四一九万一六七二円、原告土志田豊子に対し三九八万一六七二円を支払え。

二  原告らの被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告の、その余を原告らの各負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告ら各自に対し一〇〇〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外土志田直人(以下「直人」という。)は、昭和五八年九月一七日午前三時二〇分ころ、訴外小林幹夫(以下「小林」という。)運転の自家用普通貨物自動車(横浜四四て九八〇四、以下「事故車」という。)の助手席に同乗して神奈川県横浜市緑区長津田町四〇七二番地先道路(以下「本件道路」という。)上を進行中、事故車が道路左脇の電柱に激突し、その際の衝撃により内臓破裂等の傷害を負い、間もなく死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  損害てん補責任

(一) 事故車は訴外石橋恵司(以下「石橋」という。)の所有に属していたものであるが、石橋が昭和五八年九月一三日勤務先である横浜市緑区恩田町三〇二八番地所在の株式会社棟興住宅作業所内敷地に事故車を駐車させていたところ、訴外鈴木敏彦(以下「鈴木」という。)が同日午後二時ころから午後三時ころまでの間にこれを窃取した。小林は、同月一六日午後一〇時過ぎころ、右窃取後事故車を自ら運転して乗り回していた鈴木から事故車を借り受け、自己の目的に供するために事故車を自ら運転していた者であり、直人は、小林から事故車に同乗するよう勧められ、助手席に同乗していて本件事故に遭遇した。

(二) 小林は、事故車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により本件事故により生じた人身損害を賠償すべき責任があるが、小林は事故車につき正当な権原に基づいて使用する権利を有していなかつたから、石橋が事故車につき締結していた自動車損害賠償責任保険(以下「本件自賠責保険」という。)の被保険者に該当しない。

また、石橋は、本件事故当時事故車に対する運行利益及び運行支配を有していなかつたから、本件事故につき、自賠法三条による運行供用者責任を負うものではなく、したがつて、本件自賠責保険の被保険者に当たらない。

(三) したがつて、被告は、自賠法七二条一項後段により、政令で定める金額の限度において、本件事故の被害者である原告らの後記損害をてん補すべき責任(以下「本件てん補責任」ということがある。)がある。

3  損害

(一) 直人の損害 合計二一五四万四四八〇円

(1) 逸失利益 一九〇四万四四八〇円

直人は、死亡当時一八歳の健康な男性であつたから、本件事故に遭遇しなければ、平均余命の範囲内で満六七歳までの四九年間就労が可能であつたものと推定されるところ、本件事故当時、同人は、原告土志田昌彦(以下「原告昌彦」という。)の経営する東名印刷の見習工や中華料理店の見習店員として、政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準(以下「てん補基準」という。)による同年齢者の平均月収とされる一か月一三万円を下らない収入を得ていた。

そこで、右収入を基礎とし、年五分の割合による中間利息控除を新ホフマン方式で行い、生活費控除率を五〇パーセントとして直人の逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり、一九〇四万四四八〇円となる。

(計算式)

一三万×一二×〇・五×二四・四一六=一九〇四万四四八〇円

(2) 慰藉料 二五〇万円

直人は、横浜市立田奈中学校を卒業し、原告昌彦の経営する東名印刷の見習工や中華料理店の見習店員として、ようやく安定して働き始めたときに本件事故に遭遇して死亡したものであり、同人の精神的苦痛を慰藉するためには、二五〇万円をもつてするのが相当である。

(3) 相続

原告昌彦は直人の父であり、原告土志田豊子(以下「原告豊子」という。)は直人の母であるところ、次男である直人の死亡により前記(1)、(2)の損害てん補請求権(二一五四万四四八〇円)をそれぞれ法定相続分に従つて二分の一(一〇七七万二二四〇円)ずつ相続した。

(二) 原告昌彦の損害 合計三二〇万円

(1) 葬儀費用 七〇万円

原告昌彦は、直人の葬儀費用として、七〇万円を下らない諸経費を負担した。

(2) 慰藉料 二五〇万円

原告昌彦は、直人の突然の事故死により失望と悲嘆のどん底に突き落とされたものであり、同原告の精神的苦痛を慰藉するためには、二五〇万円をもつてするのが相当である。

(三) 原告豊子の損害(慰藉料) 二五〇万円

原告豊子の精神的苦痛を慰藉するためには、原告昌彦と同様二五〇万円をもつてするのが相当である。

(四) 好意同乗による減額

直人は、本件事故当時、事故車に小林の好意により同乗していたものであるから、右事情を考慮して原告らの前記損害の合計額(原告昌彦について一三九七万二二四〇円、原告豊子について一三二七万二二四〇円)からそれぞれ一割を控除すると、残損害額は、原告昌彦について一二五七万五〇一六円、原告豊子について一一九四万五〇一六円となる。

4  結論

よつて、原告らは、各自、被告に対し、前記直人の死亡による損害額の範囲内であり本件事故当時の政令で定める死亡による損害てん補金額二〇〇〇万円の二分の一である一〇〇〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(損害てん補責任)の事実のうち、本件事故当時、事故車が石橋の所有に属し、同人が事故車について本件自賠責保険契約を締結していたこと、直人が事故車の助手席に同乗していて本件事故に遭遇したことは認めるが、直人が小林から事故車に同乗するよう勧められたことは否認し、その余の事実は知らない。

被告に本件てん補責任がある旨の原告らの主張は争う。

3  同3(損害)について

(一) 同(一)のうち、(1)(逸失利益)の直人の死亡時の年齢及び(3)(相続)の原告らが直人の両親であることは認めるが、その余の事実は不知ないし争う。

(二) 同(二)の(1)は不知。(2)及び(三)の慰藉料額は争う。

(三) 同(四)の事実のうち、直人が単なる好意同乗者であつたとの点は争う。

三  被告の主張

1  保有者の運行供用者責任の成立

本件事故当時、石橋が、その所有に係る事故車について自賠責保険契約を締結しており、これを自己のために運行の用に供していたものというべきであるから、本件事故に基づく損害については自賠法七二条一項後段の要件が充足されていない。

2  他人性阻却

直人と小林は、小学校以来の親しい友人であり、共に自動車の運転免許を有しないにもかかわらず、自動車運転に強い関心を持ち、暴走族仲間に入り、無免許運転で警察等の呼び出しを受けるなどしていたものであるところ、本件事故は、右両名が、無免許で深夜暴走行為に及んだ挙句に発生したものである。

このように、直人と小林は、事故車両の運行支配につき主従の関係なく、共に深夜の暴走行為に耽溺し、事故車による走行の利益を享受していたというべきであり、共に事故車についての運行支配及び運行利益を有し、自賠法三条の運行供用者に該当するものというべきである。加えて、直人は、車が好きで休日の前日には車に乗つていたこと、本件事故当時既に自動車学校への入校手続を済ませ、本件事故発生日である昭和五八年九月一七日に入校の予定であつたことなど、同人が自動車の運転に強い関心を有していたことに照らせば、直人の運行支配の程度は、小林のそれに比して劣ることはなく、また、事故車の走行による運行利益の帰属を積極的に受けていたというべきである。

したがつて、直人は小林に対して自賠法三条の「他人」であることを主張することは許されないというべきであり、これを前提とする原告らの請求は失当である。

仮に、直人が自賠法三条の「他人」に該当しないことが積極的に認められないとしても、そもそも同人が右「他人」に該当することの主張立証責任が原告らにあるというべきところ、右事実について立証が尽くされたものとはいえないから、本訴請求は理由がない。

3  過失相殺

仮に、被告に本件てん補責任があるとしても、直人及びその両親である原告らにも以下のような重大な過失があるから、原告らの損害額の算定に当たり、少なくともその五割以上を過失相殺により減額すべきである。

(一) 直人の過失

本件事故当時、直人は、小林が無免許運転者であることを知つており、また、従来の同人との交友から、予め同人の無謀運転及びその結果生じる本件のごとき事故発生の危険を容易に予見しえたのであるから、事故車への同乗を避け、又は同人の無謀運転を制止するなどの危険防止の措置を講ずべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠つたのみでなく、無謀運転を助長促進し、同人と一体となつてこれに打ち興じていたのであり、重大な過失がある。

(二) 原告らの過失

原告らは、直人の父母であり、未成年者である直人の監督義務者であるにもかかわらず、直人が暴走族仲間に入り、深夜勝手気ままな遊興にふけつているのを放任し、その間の行動を何ら把握していないなど、同人に対する監護、教育を怠つた過失がある。

四  被告の主張に対する認否

すべて否認ないし争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、被告のてん補責任について判断する。

1  同2(責任原因)の事実のうち、本件事故当時、事故車が石橋の所有に属し、同人が事故車について本件自賠責保険契約を締結していたこと、直人が事故車の助手席に同乗していて本件事故に遭遇したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲六号証の一ないし三、二〇号証、二一号証の一及び二、二五ないし二九号証、乙一号証、前掲甲二六号証により真正に成立したものと認められる甲一〇、一一号証、前掲甲二六号証により昭和六〇年一月一七日当時における株式会社棟興住宅作業所付近を撮影した写真であることが認められる甲一二号証の一、二、前掲甲二八号証及び弁論の全趣旨により昭和六〇年二月一七日当時における右作業所付近を撮影した写真であることが認められる甲二二号証、二四号証の一ないし六、書き込み部分を除いて成立に争いがなく右部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二三号証、証人鈴木敏彦の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、これに反する甲二六及び二九号証の各記載部分は信用するに足りず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一)  大工職人である石橋は、昭和五八年九月一三日午後二時ころから三時ころまでの間に、勤務先である横浜市緑区恩田町三〇二八番地所在の訴外株式会社棟興住宅の作業所(以下「本件作業所」という。)敷地内の空地に駐車させておいた事故車(同車が石橋の保有車であることは当事者間に争いがない。)を何者かに窃取された。

右敷地は公道に接し、柵その他の障壁がないため部外者の出入りは自由であつたが、元々周辺一帯は畑や空地に囲まれ、民家が散在している程度の閑散とした地域で、右公道は日中でも人通りや車両の通行量の多くない道路である。また、石橋は、事故車のドアに施錠せず鍵をつけたままにしておいたものであるが、それは作業中に他の作業員が事故車を移動させる必要性があつたし、事故車(後部が荷台となつているいわゆるライトバン)の荷台に電気ドリル、かんな、鑿などの作業用工具が積み込まれており、作業の途中でこれを取り出す必要があつた(現に同日午後二時ころ事故車内の工具を取り出している。)ためである。なお、右窃取時ころ、同人は、駐車場からわずか二メートルばかり離れた作業所内で機械作業に従事していたが、事故車のエンジン音等盗難行為には全く気付かなかつた。

石橋は、同日午後三時過ぎに事故車の消失に気付き、仕事仲間が使用していないことを確認した後、同日午後六時前ころ盗難被害届を緑警察署青葉台派出所に提出したが、事故車の行方は本件事故の発生した同月一七日になるまで判明しなかつた。

(二)  本件道路は、宮の前交差点方面から若葉台方面(大和バイパス及び東名高速道路横浜インターチエンジ方面)に通じる横浜市道である。車道幅員は約六・二メートルで、センターラインによつて上下各一車線ずつに区分されており、道路東側には幅員約一・四メートルの歩道が設置され、縁石で車道と区分されている。路面はアスフアルト舗装が施され、平坦であり、本件事故当時は乾燥していた。本件事故現場付近は北方に向かつてわずかに左に湾曲しており、神奈川県公安委員会により、最高速度時速三〇キロメートル、駐車禁止、追越しのための右側はみ出し通行禁止の各交通規制が実施されている。

(三)  小林は、事故車を運転して本件道路を北方から南方すなわち大和バイパス、東名高速道路横浜インターチエンジ方面へ向けて進行し、本件事故現場に差し掛かつたところ、制限速度をはるかに上回る速度で走行していたことから、前記左カーブを曲がりきれず、対向車線にはみ出して走行し、慌てて自車線に戻ろうとしたがハンドル操作を誤り、本件道路左側の歩道上に設けられていた工事用資材置場入口の門柱に前部左側を衝突させ、その衝撃で更に左回転して同門柱の約三・七メートル南方の車道と歩道との境界線上に設置されていた電柱に右側中央部分を激突させた。このため、事故車は原形をとどめないほどに大破した。

(四)  小林と直人は、本件事故当時、いずれも未成年者で、自動車の運転免許証を有していなかつたが、両名とも自動車の運転には強い関心を示し、特に直人は、本件事故当時既に自動車学校への入校手続を済ませ、本件事故発生日である昭和五八年九月一七日に入校の予定であつた。

右両名は、小中学校を通じての同級生であり、中学校卒業後も交友関係を継続して頻繁に友人宅に外泊するなどしており、共にスペクターという名称の暴走族に所属し、無免許運転で家庭裁判所に出頭の呼出しを受けたこともあり、週末には他の友人と共に自動車を乗り回すなど、素行不良者として知られていた。

ちなみに、本件事故前日の昭和五八年九月一六日も、小林は、母親が仕事先から帰宅した夕方には既に自宅にはおらず、その後も自宅には戻らなかつた。また直人は、同日午後八時ころ、女友達を最寄りの駅まで送ると言つて自宅から外出し、そのまま帰宅しなかつた。

(五)  本件全証拠によつても事故車が窃取されてから小林と直人が事故車に搭乗し、本件事故時の走行を行うに至るまでの経過は明らかではない。

2  以上認定の事実によれば、本件事故当時、小林は、保有者である石橋の意思に反し、何ら正当な使用権原もないのに事故車を運転し、直人と共に深夜の高速度ドライブに興じていたものと推認するのが相当であり、他に右推認を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、小林は、事故車を自己のために運行の用に供していた者であり、自賠法三条により、事故車の運行によつて害した他人の人身損害を賠償すべき責任があるというべきところ、同人には事故車を使用する正当な権原がなかつたから、本件自賠責保険の被保険者には該当しないものというべきである。

3  ところで、被告は、本件事故につき石橋にも自賠法三条の運行供用者責任があるから、本件事故に基づく損害については自賠法七二条一項後段の要件を充足しない旨主張する。

しかしながら、前掲甲八号証、九号証及び二八号証並びに弁論の全趣旨によると、原告らは、石橋を被告として、横浜地方裁判所に対し、石橋は、事故車の保有者であり、本件事故当時事故車につき運行支配及び運行利益を有していたから、本件事故による直人の死亡に基づく原告らの損害につき自賠法三条の責任がある旨主張し、右損害の賠償として、原告ら各自に対し一〇〇〇万円及びこれについての遅延損害金の支払を求める訴え(横浜地方裁判所昭和五九年(ワ)第一二六七号損害賠償請求事件)を提起したが、同裁判所は、右原告らの主張を争つた石橋及び同人に補助参加した訴外東京海上火災保険株式会社の主張を容れ、原告らの請求を全部棄却する旨の判決を言い渡し、右判決は昭和六一年七月三〇日の経過とともに確定したことが認められるうえ、前記1において認定した事実によつても、事故車は石橋のもとから窃取された後同人の不知の間に深夜の暴走行為に供されていたのであり、また、盗難時の石橋の事故車の管理状態、盗難後の同人の処置に格別非難すべき点は見い出し難いものというべきである。したがつて、石橋は、事故車が盗難された後においては、もはやこれに対する運行支配及び運行利益を有していなかつたものというべきであるから、本件事故につき自賠法三条所定の運行供用者責任を負うものではない。

4  さらに、被告は、直人は単なる好意同乗者にとどまらず、小林と共に事故車に対する運行支配及び運行利益を有しており運行供用者に該当し、小林に対して自賠法三条の「他人」であることを主張することは許されない旨主張する。

確かに、前記認定の直人の素行、小林との交友関係、両名共に無免許であつたこと、事故車の種類及び積載荷物、本件事故の発生時刻及び態様、本件事故当時の事故車の進路等に照らすと、直人が、事故車が盗難車であることを知りながら、自身も事故車を運転走行させる目的でこれに同乗していたものと推認される。

しかしながら、前示のように、事故車が窃取されてから小林が事故車を運転し本件事故を惹起するに至るまでの経過は明らかではなく、また、本件全証拠を精査、検討しても、事故車の窃取についての直人の関与の有無ないし程度、直人が事故車に乗車するに至つた経緯、直人の乗車時間、運転行為の有無等、直人の事故車に対する運行支配の程度を判断するうえで欠くことのできない重要な事実が明らかではなく、前記1に認定の事実のみから、直人が事故車の運行に対する支配を有し、ないしは右運行に伴う危険を管理すべき立場にあり、しかも同人の運行支配の程度が小林のそれに比して劣ることはないことまで推認することは困難であるといわざるをえない。

なお、被告は、直人が自賠法三条の「他人」に該当することについての主張・立証責任は原告らが負担すべきである旨主張するが、被告らにおいて直人が「他人」に当たらないことにつき主張・立証をすべきものと解するのが相当であるから(東京高裁昭和五七年八月一〇日判決・判例時報一〇六七号五一頁参照)、被告の前記主張は採用することができない。

5  したがつて、被告は、自賠法七二条一項後段に基づき、政令で定める金額の限度において原告らの後記損害をてん補すべき責任があるものというべきである。

四  進んで損害について判断する。

1  直人の損害

(一)  逸失利益 一九〇四万四四八〇円

直人の死亡時の年齢が一八歳であつたことは当事者間に争いがなく、前掲甲二六号証によれば、直人は昭和五五年三月横浜市立田奈中学校を卒業後原告昌彦の経営する東名印刷の見習工や調理師見習として稼働していたことが認められ(右認定事実に反する証拠はない。)、右事実に昭和五八年度賃金センサス第一巻第一表集計の産業計・企業規模計による小学・新中卒男子労働者の全年齢平均賃金(三五三万九三〇〇円)を合わせ考察すれば、同人が一九歳から六七歳までの間少なくとも原告ら主張の収入を得ることができたものと推認するのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  死亡慰藉料 二五〇万円

直人が中学校を卒業後印刷会社の見習工や見習調理師として稼働していたことは既に認定したとおりであるほか、直人の年齢その他本件に現れた諸般の事情を併せ考慮すると、直人が死亡したことに対する慰藉料は、二五〇万円を下らないと認めるのが相当である。

(三)  相続

直人は右(一)及び(二)の損害(合計二一五四万四四八〇円)てん補請求権を有するところ、原告昌彦が直人の父であり、原告豊子が直人の母であることは当事者間に争いがないから、原告らは、直人の死亡により同人から右損害てん補請求権をそれぞれ法定相続分に従つて二分の一ずつ相続した(それぞれ一〇七七万二二四〇円)ものというべきである。

2  原告昌彦の損害

(一)  葬儀費用 七〇万円

前掲甲二六号証によれば、原告昌彦は、葬儀費用として七〇万円を下らない支出をしたことが認められ、右支出のうち本件事故と相当因果関係のある損害は七〇万円を下らないと認められる。

(二)  慰藉料 二五〇万円

原告昌彦が直人の父であることは既に認定したとおりであるところ、前掲甲二六号証により認められる同原告と直人との家族関係その他本件に現れた一切の事情を合わせ考慮すると、同人が死亡したことによる同原告の精神的苦痛を慰藉するための慰藉料は、二五〇万円を下らないと認めるのが相当である。

3  原告豊子の損害(慰藉料) 二五〇万円

原告豊子が直人の母であることは既に認定したとおりであるところ、原告昌彦の場合と同様直人が死亡したことによる原告豊子の慰藉料は、二五〇万円を下らないと認めるのが相当である。

4  過失相殺

前記認定事実によれば、そもそも本件事故は暴走族仲間である小林と直人とが、事故車が盗難車であることを承知しながら、小林の運転の下に深夜の暴走行為に興じた挙句の事故であり、前示のように直人が運行供用者であると断定することは困難であるが、同人は、単なる好意同乗者の地位にとどまるものではなく、運行供用者に近い立場にあつたと推認されるうえ、直人は小林が無免許で、しかも暴走運転行為に出ることを知り又は容易に予見しえたものと推認することができるのであり、そうであれば、直人は、本件のごとき事故発生の危険を予見し、事故車への同乗を避けるべきであつたし、同乗後においても小林の無謀運転を制止するか降車するなどして、自己の生命身体に対する危険を防止する措置を講ずべき注意義務があつたものというべきであるところ、直人がこれらを怠つたことが明らかであるから、同人には過失があつたものというべきである。

また、原告らは未成年者である直人の監督義務者であるところ、前掲甲二六号証及び弁論の全趣旨によれば、同人が小林と共に暴走族のグループに入り、頻繁に外泊し、あるいは週末ごとにそのグループの友人らと車を乗り回していたことを知りながら、これを黙認していたことが認められ(右認定に反する甲二六号証の記載部分はこれを採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。)、右原告らの監護、教育義務の懈怠が本件事故発生の原因の一つとなつていることを否定することはできないものというべきである。

そこで、右認定に基づいて、直人及び原告らの損害額を算定すると、原告らの前記損害てん補請求権の合計額(原告昌彦について一三九七万二二四〇円、原告豊子について一三二七万二二四〇円)からそれぞれ七割を減額するのが相当というべきであるから、残損害額は、原告昌彦について四一九万一六七二円、原告豊子について三九八万一六七二円となる。

五  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、本件事故当時の政令で定める死亡による損害てん補金額である二〇〇〇万円の範囲内で、被告に対し、原告昌彦について四一九万一六七二円、原告豊子について三九八万一六七二円の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからいずれもこれを認容し、その余の請求は理由がないのでいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 藤村啓 潮見直之)

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